体験者の声

「松浦党 ほんなもん体験」には、体験者の方から、多くの声が集まっています!その中から、一部 ご紹介します!
青島の夕日(生徒さんからいただいた文集より)

2011-08-11 青島 I さん

 青島は何もないと聞かされていたが、本当になにもない。昼間は船釣りでカサゴなんかを取ったり、田畑を営んで、自給自足の長閑な生活を送っている。外灯、コンビニ、車の音がなく、月灯りだけで夜中が過ごせる、そんな世界がきらきら映ったところに住みたいと、心から願ってみた一時でもあった。
 土地だけでなく、青島は都会とは違った夕日、朝日がある。それはそこの人々の夢と絶え間ない努力のおかげだと思っている。
 青島の人は中高年が多いが、僕ら以上の夢を持っている気がする。人は年を重ねる毎に老いていくのではなくて、夢を持つことを忘れた瞬間から、老いが始まる。叶わぬ願いの多さに悲しくなる時もあるけど、今を生きることや、靄にかすむ未来を切り開く勇気を少しだけでも、もらった気がする。

楽しかったこと(生徒さんからいただいた文集より)

2011-08-11 大島 T さん

 様々な体験をさせてもらったが、その中で特に印象に強く残っているのは、船からカサゴ釣りをしたことだ。釣りは幼い頃に父に連れられて行ったことが何度かあったので少し自信があったのだが、その自信は打ち砕かれた。なかなか釣れず、釣れても外道のベラやギンポ。その傍でカサゴが上がっていた。諦められなかった僕は、港でリベンジをしたが、ここでもやはり特大なカサゴを持って行かれた。諦められない。大島ではそれで終わってしまったが、こっちにもポイントはたくさんある。僕の釣り魂には依然として火が点いたままなのだ。
 この体験は絶対に忘れられないと思う。ただ、思い出を思い出で終わらせはしない。出会った人々、お世話になった人々の生き方や人情に触れられたこの経験を僕は無駄にしない。

あっという間の日々(生徒さんからいただいた文集より)

2011-08-11 田平 N さん

 長崎に着き、一日一日が充実していたけれど、一番心に残っているのは、やはり田平で過ごした日々である。
 民泊先のお母さんと一緒に田舎料理作りをしながら、いつしか思いっきり笑いながら自然とおしゃべりをしていた。団らんの時間、一緒にお笑い番組を見て突っ込んだり、笑ったり。当たり前の様な事だけれど、それが本当に嬉しかった。家族の一員としてこの民泊先の家にいる感じになれたのが。
 お父さんが帰り際にポンッと『またな』と背中を叩いてくれたのは今でも忘れられない。
 田平での日々は、普段体験できない事を学び、そして人の温かみを感じる事の出来た、幸せな日々だった。

わかりにくい美しさ(生徒さんからいただいた文集より)

2011-08-11 中平戸 T さん

 原子爆弾が投下された町、長崎。私達の知らない事実が実際に起こった土地。そんな土地に住む人々は笑顔の絶えない明るい方ばかりだった。
 私が宿泊させていただいたのは、六人家族の○○さん宅だった。おばあちゃんが家にいて、子供が三人という、私からしてみれば大家族だった。とても明るいお母さんとすぐに仲良くなれた。家から一歩出れば大自然。そんな暮らしがすごくうらやましく思えた。目の前に広がる棚田ははるか下、眼下に広がる真っ青な海まで続いている。海にはたくさんの船が浮かんでいて、遠くにはたくさんの島が見えた。水平線がなだらかに丸くなっていて、今さらながら地球はまるいんだと思った。普段、無感動な私が長崎の自然にひどく感動した。写真をとらなくても鮮明に覚えている。
 偶然選ばれた長崎に落とされた原爆。京都は美しい重要文化財があるという理由で落とされなかった原爆。美しいという理由なら長崎だってすばらしい自然があった。それでも原爆を落とすことができたのは、自然はわかりにくい儚い美しさだからだと思う。多数が美しいというものばかりに目がいき、本来の原点の美しさは本当に気をつけて見ないとわからない。そんな美しさにふれあうことができて本当に良かったと思う。もう二度とわかりにくい美しさが破壊されることがないように願う。そして、もっと私の知らない過去の事実を知っていき考えていきたい。